詳細は犯人自身が瀕死の状態なので分からないのですが、このような事件は増えていく傾向にあると考えています。
私はある程度の不自由さが必要ではないかと常々思っています。
例えば会社。どんな上司がいるか分からないのに過酷な就職活動までして入社する事にどんな意味があるのか、ムリゲーだ、という人はいます。
若い頃に不本意な待遇・環境の中で鍛錬された人は、その後の人生を辛抱強く生きていく事が出来るのです。
誰にも咎められず、誰にも注意されず好きに生きてきた人が後で楽に生き行けるとお思い?
不自由さの中で勝ち取った自由は、それはそれは大きな礎となるのですよ。
例えば結婚もそう。家族という防波堤は何よりも高く強いということ。
結婚生活も子育ても働く事も、そりゃー大変ですよ。思うように進まない事の方が多いし、金銭的・精神的自由の領域は狭く感じる時もあり息苦しさを覚えた事もありました。
死んでしまいたいとか消えて無くなりたいとか、そういう一般的な絶望感は普通に経験しますよ。多分。
家族がいると、ちょっと踏みとどまるというか、忘れる時間が出来るんですよね。
子供に絵本を読んだり、テストのやり直しを目くじら立てながらさせたり(笑)
そうする内に、いつのまにか負の感情は忘れてしまうし、普段気にもしない道端の花とか夕暮れに感動してたりテストでイイ点取ってきて共に喜んだり。
そういう不思議な感情の上がり下がりを何度か繰り返していくと、家族からどんな私でも受け入れられるという安心感が生まれる。
そうなったら強いんですよ。守られているから頑張ろうって気になるんです。これって凄い事なんです。だから結婚しろって言っているんです。
この事件もそうですが、圧倒的な孤独・守るモノが何もない虚無感、それ故に暴走する感情。
感情を順序立てて整理出来ないし、自分を慰める事が出来ない。
大人になりきれない未熟さ。思考回路の脆弱さ。
【子供部屋おじさん・子供部屋おばさん】問題もそうじゃないですか。
脆弱過ぎる。
そういう人と結婚したくないと普通に思うでしょ。甘えた人との結婚生活から人生形成が万全に出来上がるなんて想像できませんから。
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